プロフィール

ゆるりちゃん

初めまして、ゆるりです。

幼い頃に海外生活(アジア圏)→地方国公立大→留学(1年)→就職。
その後海外駐在員としてアジア圏で3年間勤務をしたのち、現在はシンガポールで駐妻をしています。
駐妻の葛藤、日々感じたこと、ときどき海外駐在員時代の考え方などをお伝えしています。

ゆるりちゃんの海外生活←今ご覧いただいてるブログ
X(旧Twitter)
Instagram

note(主に不妊治療関連)

ゆるりの生い立ち

語学が好きな大学時代

幼い頃から親が語学に力を入れていたことから、すっかり外国や外国人に触れるのが大好きになっていました。

そのおかげもあってか、大学でも語学を学びたい!と受験勉強を頑張って無事第一志望へ入学。

大好きな語学を勉強して、バイトもいくつか掛け持ちして、友達とカラオケオール、バイト先のメンバーで旅行、普通の平凡な大学生でした。

語学を専攻していることもあって、流れに乗ってそのまま1年間留学。

一人暮らしをしたこともなかったのに1人で海外生活を始めました。

料理もしたことないし、家でシーンとしてる雰囲気も馴染めない。毎日親に「帰りたい」と電話をしていました。

当時の日記でも「帰りたい」ばっかり書いていたほどです。

それでも大学の講義に出て、交友関係が日に日に広がっていくうちに段々と楽しくなり、

帰国する1年後にはすっかり海外生活楽しいモードになっていました。(単純)

親のために、が強すぎた就職

帰国すると大学3年生。周りは一斉に就活モードでした。

特に自分が何をしたいということもないまま、「自己分析した方がいい」と周りもいうけれど、

何をどう分析したらいいか分からないし、友人に「ねえ、私ってどんな人?」と聞くのも恥ずかしい。

結局「自分って一体なんなの?」という軸も、想いもないまま、親に勧められるがままに就職

「色々支えてもらったし」「親が言うことなら間違いない」と思い、親の意向を汲んだ就職になってしまいました。

うちの家は一人娘なのもあって親離れ・子離れがあまりできておらず、自分のやりたいことも分からないまま、

「親が喜ぶ」であろういわゆる”名の知れた”企業に就職します。

当時を振り返っても「私って一体なに?」「どうなりたくてそこの企業に就職するの?」と言うのを

一切考えていない、なんの計画もない就活だったなと思います。

東京に出られた喜び

後悔していることも多い就活ですが、唯一当時の自分に感謝したいのは「東京に出てきた」こと。

親の激しい監視もあり、大学時代も門限が厳しかった我が家。

東京に就職するのは激しく反対されましたが、親の望む会社だったこともあり、最終的には了承。

晴れて東京で新社会人生活を迎えることになりました。

初めての満員電車は開くドアの方向がわからなくてよく乗り過ごしたり、仕事で精一杯なのに家事もしないといけない日々に疲れていました。

それでも東京で一人暮らし、と言う憧れを手にした私。しかも一人で生活しているという自信もつきました。

会社の先輩も上司も優しくて、人と接することが大好きな私は新しい環境、出会いに毎日刺激をもらっていました。

社内恋愛、そして結婚

ここだけの話、私は身近で恋愛をしがちな人だと思っています。

毎日接触していると、その人の人となりがわかっている安心感から好意を抱きやすいです。

だから大学時代の彼氏はもっぱらバイト先だったり、高校時代の元友人でした。

就職すると、新しい出会いは社内のみ。社内恋愛の末、ゴールインします。

お付き合いから破局、結婚まで全てバレずに行えている、はずです。

(結婚報告をしたときは、共通の上司が一瞬止まっていました)

社内恋愛に賛否はあるけれど、私はその人の仕事の仕方や、尊敬できるか、周りの評判などを一気に知れるし、

何より同じ会社ということは価値観も似ているので、社内恋愛はとても理にかなってると思います。

ちなみにこの社内恋愛話は、実はいろいろ裏であったのですが・・・。

単身海外赴任へ

東京に就職し、結婚をし、定期的に刺激がある私の人生。でも仕事面では毎日の業務に飽きてきた頃でした。

多分私は3年同じような環境に居られない人間なんだと思います。

東京生活にも仕事にも慣れてきて、「もうつまんない」「飽きた」と思っていた頃に、上司から打診をされた海外赴任。

「新しい環境に行ける!」と、打診されたときはとてもワクワクしていたのを覚えています。

夫とも話し合い、夫はそのまま自分のキャリアを続けたい、私にも仕事を頑張ってほしいということで、単身で海外赴任することに。

もちろん親からは「子供はどうするんだ」「単身で女性が海外に行くなんてあり得ない」と反対もされましたが、

「このまま環境の変化がなかったら会社を辞めよう」とまで思って転職サイトに登録してオファーを眺める日々だった私にとって、海外赴任というのは、仕事への活力になりました。

夫とは毎日ラインをし、週1回ほどテレビ電話をして、別居婚状態。

それでも「夫婦というのはこれから何十年一緒にいるんだから、そのうちの数年くらい離れてたって面白いじゃん」と思って、別居婚も楽しんでしました。

数ヶ月に一度日本に戻り夫との時間を楽しんでいましたが、途中コロナ禍もあって最大2年会えないこともありましたが、それはそれで今思えば楽しい思い出です。

コロナ禍の海外暮らし

なかなか日本に帰れないコロナ禍の生活。日に日にコロナが身近に迫ってくるのに恐怖を感じていました。

そんな中弊社も海外でテレワークや日替わり出勤など導入されるようになり、通勤は減り、一人時間が増えるようになってきました。

時間があるとつい考えてしまう「私はどうなりたいんだろう」という話。

親に言われるがまま就職、新しい環境への刺激にも慣れたところで結婚、そして海外赴任。

目まぐるしく毎日が変化していくことに喜びを感じていましたが、コロナ禍で一気に停滞。

海外暮らしとはいえ自由に出歩けないし、話す相手もいない。

そんな時に「自分って一体なんなんだろう」と考えては凹む日々でした。

帰国、そして再び海外暮らしへ

帰国して配属になった部署では、とても優秀な先輩に囲まれて吸収しているうちにあっという間に1年が経ちました。

周りに優秀な方は多いですが、ぼんやりと「別にこうなりたいって人いないんだよなあ」と考えることも。

優秀は優秀だけど、自分がそうなりたいか、と思うと「そうじゃない」となる複雑な気持ち。

心に何か引っかかったまま仕事をしていると、夫から急に「俺、海外赴任になったんだ」と宣告。

自分が海外に行った後に、今度は夫!?と驚いたけれど、

日本に帰国して1 年経ったし、またこのまま働いてたら「変化のない生活」に飽きてしまうだろうということで

今後の自分のキャリアも止まってしまうし、悩みに悩んだけど、

別居婚もして、帰国後も毎日お互い残業続きで顔も合わせられない生活で平日夫と会話していない私。

「夫婦の時間を過ごしてみる」「ゆっくり仕事から離れてみる」という生活ありだなあ、

住んだことない国に住むって楽しそう!という気持ちが勝ち、休職して私も再び海外暮らしをすることにしました。

ゆるりが、発信をする理由

ぽっかり空いた大人の夏休みに何か成し遂げたい

常に「何者でもない自分」に対して焦り、不安があった私。

定期的に環境の変化があって気を紛らわせていたけど、時間ができれば考えてしまう。

「このまま同じことを繰り返したくない」「せっかくのこの機会、何か成し遂げたい」という思いが強くなり、

海外で時間がある今、何ができるのか?ということを考えた結果、発信をすることにしました。

なかなか心身健康な状態から仕事を休職するという機会はないと思うので、

海外の暮らしや、日々思ったことを伝えて、同じように海外に暮らすことになった女性に向けて発信をしていきたいです。

私のようにキャリアに悩み、家族の在り方に悩み、突然の海外生活に悩んで、孤独になってる駐妻の方が

この世界にはいっぱいいると思います。

私のこの発信を通じて「自分だけじゃない」と思えたり、「海外暮らし」をちょっと覗き見してもらえたらなと思います。

私も発信を通じて、この大人の夏休みに「何者でもない私から、何か成し遂げられる私」になれるように試行錯誤していきたいと思います。

このブログは、私のちょっと人にはいえない深い部分や思っていることから、海外暮らしのお役立ち情報まで発信しますので、同じような境遇で頑張っている方の拠り所になったら嬉しいです。

現在の発信について

現在は、以下の発信をしています。

ゆるりちゃんの海外生活←今ご覧になってるブログです。こっそり心の内を発信していきたいです。

X(旧Tiwitter)←日々のぼやきを発信しています

Instagram←駐妻の気持ち、海外暮らしをする予定の方に向けて発信しています

note←主に不妊治療関連やちょっとみんなには言えない話を更新

ゆるりちゃん

良かったらフォローして、一緒に海外生活楽しもうね!